第26代うたの人「アルバイト」より
こんにちは、短歌人の太田青磁です。
第26代「うたの人」から、いくつかの歌を紹介します。
7月は秀歌を取ったものの薔薇は一輪だけで、相変わらず外野席からの観戦です。
特選
着ぐるみの中から見える元カノの連れた幼児に渡すふうせん(nu_ko)
これはいろんな意味で自分が試されるような気分になりました。見える、の現在形が効いていると感じます。幼児というからには元カノと別れて、数年の時を経ているのでしょう。それでも主体はアルバイトをしながら何かを目指しているようでもあり、着ぐるみやふうせんのカラフルな世界の中で、主体ひとりだけが浮き上がっているようにも思いました。
並選
幸せになるべき人だ 深夜二時レジを打つ手がささくれていて(七緒)
主体は、レジを打つアルバイトの指先を見ているのですね。深夜二時、レジを打つ手という細かい描写はよいと思います。倒置の構文と言いさしは流れてしまうところもある組み立て方ですが、「幸せ」と「深夜」、「レジ」と「二時」、下の句のテの音の重なりがアクセントになっていると思いました。
並選
新人のくせにバイトの中山はエビの背ワタを取るのが上手い(塾カレー)
新人のくせに、というところがおもしろい歌だなと思いました。エビの背ワタを取るのは、慣れだけではない器用さがいるのかなと。中山はすべてアの母音をもつ音からも何か明るくて憎めないキャラクターが浮かび上がってきます。言葉の並べ方もリズミカルで読後感もさわやかです。
並選
夏空とモラトリアムが二人してバイト先まで僕を呼んでる(さやはら)
夏空とモラトリアムの持つ限りない自由さを、アルバイトをしているという拘束の対比として持ってきたのは面白いと感じました。バイトがもうじき終わると読めば明るく楽しい夏が来る。と取りましたが、もしかしたら夏中をアルバイトで過ごさないといけないというペーソスもありかもしれません。
並選
古紙の日にまとめて捨てるアルバイトニュースと甘えモードの自分(えんどうけいこ)
アルバイトニュースが少し懐かしさを感じさせるアイテムであり、束になった紙と甘えモードの自分を捨てるという行為は、一本筋が入ったようにも感じられて、新しい生活への切り替えが見えていいなと思いました。アルバイト、甘えモードのアの音が対句の構造にはまっているのもいいなと思います。
今回はアルバイトという体験をベースにした、具体的な秀歌が多くあり、選は迷いました、nu_koさんの歌は、単なる共感だけでなく、まるで自分が風船を配っているかのような感情移入を伴う切なさがありました。
素敵な歌を発表してくださったみなさまに感謝します。
出詠されたほかの歌にも評をつけています。ご興味のある方はどうぞ。