2016年8月号「20代・30代会員競詠」より(3)
こんにちは、短歌人の太田青磁です。
ひきつづき、短歌人8月号掲載の「20代・30代会員競詠」からいくつか紹介します。今回の参加者は「無人島へ持っていくアイテム」というエッセイを寄せています。実用的なアイテムを選ぶか、孤独の時間をどう過ごすかというところにもそれぞれの個性があります。なかでも鈴木秋馬さんのあげた「歳時記」がいいなと思いました。私は「広辞苑」を持っていきたいです。
テーブルの木目みたいなかおをしてきみがなにかをいいだす間際
/「ハト」鈴木杏龍
テーブルの木目が人の顔のように見えるということはありますが、その木目をきみがものをいう直前の表情にたとえているのは、切り取られた瞬間をなんとなくわかるなあという共感をもたせます。木目、間際をのこしてひらかれた表記にも味わいがあります。
一片の謎のごとくに書架にある文庫一冊分のくらやみ
/「文盲の虫」鈴木秋馬
本を読む時間は、読者を日常とまったく切り離された世界へと連れて行ってくれます。書架には膨大な本があり、その中に隠された一冊を探し出すようなミステリアスなイメージです。数えられない謎とくらやみを一片、一冊という数詞で示した巧みな一首です。
差して陽は風の在り処を追うやうに天球をくまなく塗り終えぬ
/「日と陽」角山 諭
朝陽が差しはじめてから、あたりが明るくなるまでの澄み切った時間を、風にのせて丁寧に描いています。初句の「差して陽は」と一瞬の線のような光が徐々に辺りを照らしてゆき、塗り終えぬまでの時間の経過を感じさせます。下句の5-4-5のリズムもゆったりとしていいです。
あおむけに力をぬけばこの部屋の隅まで自分をひろげるようで
/「扉と翼」砺波 湊
何もない部屋にあおむけに寝転んでいると、自分の身体が床と一体となりどこまでも伸びてゆく。そんな浮遊感のある体感覚をうまく捉えています。ひろがるではなく、ひろげるを選んだのは、自分の意思なのか、それとも自分の意思とは全く違う何かがなのかと想像がかき立てられます。
青草をちぎればただよう青草のいのちの匂い子とともに嗅ぐ
/「深い森に」中井守恵
自然をまず手で、そして匂いで感じるという豊かな感覚をお子さんと一緒に楽しんでいる様子が浮かびます。青草は対象として提示され、もう一度リフレインされることによっていのちが臨場感を持って伝わってくるように感じます。
ピーナッツクリームひと匙すくふ朝のまるでおもちやの国の土色
/「みづからのうみ」宮澤麻衣子
朝、パンに塗るピーナッツクリームの淡い茶色を「おもちやの国の土色」と喩えたところがユニーク。土色はどちらかというと落ち着いた感じなのに、おもちゃの国と書かれることでつやつやとひかっている様子が伝わってきます。
夜八時AKAとMIDORIにふちどられ通天閣は感度良好
/「思い出を」鑓水青子
大都市にはそれぞれのシンボルタワーがあるもので、大阪といえば通天閣の派手な電飾に対する郷愁が色濃く伝わってきます。AKAはあか↑、MIDORIはみど↑り↓と読むのだろうかと、表記に込められた想いに心を寄せてみたいです。結句の「感度良好」に突き抜けた明るさを思いつつ、大阪に行く機会があれば通天閣に足を運びたくなりました。