2016年8月号「20代・30代会員競詠」より(1)
こんにちは、短歌人の太田青磁です。
短歌人8月号掲載の「20代・30代会員競詠」からいくつか紹介します。
勢いのある若手の歌を読むと気持ちが新たになる感じがします。
たれをかもしるひとにせむ真夜中の生放送のラジオ以外に/「消えたオアシス」天野慶
藤原興風の本歌取りでしょう。「夜はぷちぷちケータイ短歌」で短歌をはじめた方も多いと聞いています。百人一首とラジオというメディアミックスによって、短歌の裾野を切り開いてきたという矜持が感じられます。三句四句の「の」結句の「に」に本歌取りの妙技があります。
雨の中社保庁に行く知り合いに逢わないように今日は裸眼で/「裸眼の街」有朋さやか
逢う逢わないを自分の視界に限定しているのがいいなと思います。職場ではメガネなのでしょうが、コンタクトだとしても、見ないことで保たれる心の平安はあるなと感じさせます。二句で切って、結句で思わぬ方向へ飛ばしてくれる構成も巧みです。
なまりいろの六月見ればかたつむりは雨がつくりて雨にながれき/「天井灯」内山晶太
視点のフォーカスとともに、主体がかたつむりになってしまったかのような浮遊感があります。梅雨の六月をなまりいろのとひらいて情景を共有させつつ、雨のリフレインであたかも、かたつむりが生まれて消えるまでの時間をゆったりと見つめているような気分になります。
いつのまにか眠りに落ちて朝になる枕元には読みかけの本/上村駿介
この瞬間は本が好きな人にとって至福の時間です。本を読み、そのまま日常を忘れるように眠り、そして朝が来るという時間の流れを、読みかけの本というアイテムでうまく切り取っています。一連に焦燥感や虚無感の漂う歌が並んでいるのですが、そんな日に読む本が楽しい本であればと思います。
あんな声をわたしも持てり 風鈴がかぜとぶつかり驚いている/「げっしるいの夜」大平千賀
風ではなく風鈴に自分を寄せているのが素敵です。結句の驚いているは主体とも、風鈴の音の比喩ともとれ初句の「あんな声」というテンションの高さを一首全体に伝えてくれます。持てりの「り」が風鈴の「り」とも音色とも重なっていて、うまく響きを作っていると感じます。
スカイプもラインもできない停電の間ひととき孤立している/「韮のひと束」織田れだ
島で暮らす主体にとって、停電は日常のすべてを遮断する出来事なのでしょう。コミュニケーションが途絶えたときの自らを、感情をまじえずに客観的に描写しているのがいいです。新しい技術は、世界を近くに引き寄せている一方、停電ひとつで使えなくなるというアイロニーもあります。