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太田青磁の日記

There's no 'if' in life… こんにちは、短歌人の太田青磁です。

短歌人2017年5月号

こんにちは、短歌人の太田青磁です。

今月の月詠です。

歌人2017年5月号 会員2(太田青磁)

東京駅の同じホームの掲示板「勝田」「高崎」「宇都宮」見ゆ

大宮を越えて北への車窓にはどこまでもどこまでも一軒家と畑

おとめ座のスピカ輝く春の夜 われの内なる野心を放つ

店内は通常通り営業中 外壁覆う鉄骨は告ぐ

ロキソニン一錠きめて長からん午後の会議は無言貫く

2017年3月号掲載の歌をSelectionに選んでいただきました。

 空爆をみてきたような面差しで口内炎を舌先に突く

今月から4回連載でBook Reviewを担当しています。今月は『人魚』です。

書評『人魚』染野太朗歌集 - 太田青磁の日記

こちらも合わせてよろしくお願いいたします。

今日は、亀戸天神に吟行に行ってきました。

花鳥風月を愛でる心も大事にしていきたいなと思っています。

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書評『人魚』染野太朗歌集

「まひる野」に所属する著者の『あの日の海』に続く五年をまとめた第二歌集。見返しの紙質やプラスチックの帯にもこだわりがみえる。

ネルボンという眠剤を処方され妻と笑いし冬もあったな
盂蘭盆は父の酒量のいや増して焼酎に氷鳴りやまぬなり

この歌集の大きなモチーフとして家族がある。冒頭に妻との関係を回想する歌、続く父を描いた二首は頭韻を踏むように置かれている。

除染とは染野を除外することなれば生徒らは笑うプールサイドに
教頭のとなりで今年六度目だサッカーボールの行方追うのは 

震災時や生徒を応援するといった職場の描写には、自らを外から観察しているような諧謔と孤独が伝わってくる。

尾鰭つかみ浴槽の縁(ふち)に叩きつけ人魚を放つ仰向けに浮く
君を殴る殴りつづける カーテンが冬のひかりを放ちはじめる
感情がなければいいなひとりだな便器掴んで吐くこの朝も

一転して、非常に強いテンションを持って迫ってくる歌が随所に現れる。表題の「人魚」は美しいものではなく攻撃の対象であり、想いを寄せる人にも暴力でしか伝えられない何かがあり、自身をもコントロールできないような感情が生々しく迫る。

もし煙草を吸えたなら今あなたから火を借りられた揺れやまぬ火を

繊細で透明感のある筆致のなかに自らの思いを綴る歌に惹かれた。

(短歌人2017年5月号掲載) 

歌集 人魚 (まひる野叢書)

歌集 人魚 (まひる野叢書)

 

短歌人4月東京歌会に参加しました。

こんにちは、短歌人の太田青磁です。

毎週、何かしらのイベントに足を運んでいるものの、気がつくとレポートをため込んでしまい反省の日々です。

4月9日に短歌人4月東京歌会に参加しました。

この日も多くの方が集まり50首を超える歌を活気を持って評をしあいました。また、新編集委員の4名の方が一堂に会するという意味でも、充実した会となりました。

わたしはその前の週に行ったお花見の景を詠んでみましたが、着地に少し無理があるなと思っていたことを、きちんと指摘していただき、やはり歌会の場に歌を出すことの大切さを実感しました。

発言は、前半は食いついていく姿勢を見せたものの、自分の担当の第一評がうまく読めなくて、気勢をそがれた感じで終わってしまいました。時間が押してきていますと言われたときに、端的な評ができるようになりたいです。

そして、研究会のテーマは『震災のうた』という河北新報宮城県の地方紙)に寄せられた投稿短歌をまとめた歌集でした。生死をあつかう非常に重い歌、大変な中にもささやかな喜びをうたう歌などあり、また昨年の歌から震災は現在進行形なのだということを改めて突きつけられました。

被災地に住めども我は被災せず避難所の前足早に過ぐ

励ましの言葉ですよね「頑張ろう」はテレビ画面に耐えられず切る

「大川小」の文字目にするとき教師らの判断責め得ず元教師の吾は

変わり果てた町となりしもカーナビは津波で消えた店へと案内す

不夜城に酔い痴れる街無人の町送電線は差別も送る

受け入れを拒否され帰り来る瓦礫人も東北を出てはならぬか

漂流物を医院のテレビで見し少女「じいちゃんもカナダにいるかも」

震災を風化させてはならぬとか観光バスからデジカメさげて

仮設にて戦争知るは吾一人テレビで安保の行方見詰める

海の街は海見えてこそ海の街防波堤はほどよき高さに 

読んでいていくつか気になったことです。

①事実・実景の重さが付きつけるものと詩型の持つ浄化作用の相互関係。

②心情・本音が出てくるまでのタイムラグは人それぞれである。

③被災地にいながら被害が少なかった人には負い目がある。

④安否がかかわる映像はすべて編集でカットされていたということ。

被災者に成り代わって詠んだ歌の歌意を汲もうとして、震災当時のリアリティを追体験するためにVTRを見て検証したという試みは、もしかすると根幹の部分で本質にはたどり着けなかった可能性があるかもしれないと感じました。

夏韻集首都歌会とお花見に参加しました。

こんにちは、短歌人の太田青磁です。

 

今朝は9時から夏韻集首都歌会でした。

3か月に一度、大辻さんが上京して開催してくださる歌会に参加しています。夏韻集の方々はもちろん、未来のほかの欄の方々、さまざまな結社や無所属の方々との交流も楽しみな時間です。記名詠草を各自が持参して、お互いの評を聞きあうスタイルなのですが、緊張の中にも読みへの信頼が感じられて、評をすることの価値を思い返す機会となっています。

今回は新しい歌を出そうと思っていたのですが、エッセイや書評などに追われて、攻めてない歌を置きにいってしまった感があって反省でした。

歌会全体を通して、焦点を絞ることと雰囲気に頼りすぎないことが大事だと改めて実感しました。やはり自分自身の言葉で文体を作っていきたいものです。

 

普段は歌会のあとはご飯を食べつつ延長戦となるのですが、今日は漂流歌会の皆さまと井の頭公園でお花見をしてきました。ゆるゆると短歌の話やいろいろな話をするのもまたよい時間でした。はじめてお会いした方とも和やかに話ができるのは、開催してくださったショージさんの人柄だなあと改めて感謝です。手ぶらで遅れてきて片づけもせず帰ってしまい、何ともすみません。

歌会もお花見も楽しくて、あっという間に時間が経ってしまいました。お会いした皆さま、素敵な時間をありがとうございました。

 

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短歌人2017年4月号

こんにちは、短歌人の太田青磁です。

今月の月詠です。

歌人2017年4月号 会員2(太田青磁)

雨の日は一回休みというサイン(心の声はいつもただしい)
不安にて眠れぬ夜は辛けれど起こされる妻はさらに辛かり
どうして早く寝ようとしないとまっとうな怒りの声にうずくまるわれは
言い返すことはできずに激高を自動改札に叩きつけるわれは
友の誘いは断れないのが悩みだと それは遺伝だ申し訳なし

2017年2月号掲載の歌をSelectionに選んでいただきました。

眠れない夜を数える 眠らない夜を数える 闇の中にひとり

エリさん選歌をありがとうございました。

 (教えるは数えるの誤植です)

 

短歌の感想などお聞かせいただけるとうれしいです。

第4回漂流歌会に参加しました。

こんにちは、短歌人の太田青磁です。

3月25日土曜日に漂流歌会に参加しました。漂流歌会は3回目の参加なのですが、比較的自分と作風が違う方が集まり、和やかにスイーツを楽しめる歌会なので、今回も楽しく参加しました。

今回は「全角英数字を含む歌」という題でした。参加者の評でも題の使いこなし方が話題になりました。

卒業をともに祝わん講堂に「G線上のアリア」響かせ(太田青磁)

3月ということもあり、自分の卒業式でオーケストラの友人たちと弾いた演奏シーンの回想を出してみたのですが、主体がどこにいて、何をして、どんな気持ちなのか、がうまく伝わらず、焦点のぼやけた歌になってしまいました。

出すときにどうかな、と思ったところはきちんと指摘してくださるので、歌会に出るのはとてもよい経験になります。事前に詠草を確認してからの歌会だったので、曲名を調べてくださった方がいたのもうれしかったです。

スイーツは「キャラメルバナナパフェ」という暴力的に甘いやつを頼みました。

歌会のあとは懇親会で楽しくのんでから紀伊國屋書店に寄って解散という贅沢な一日となりました。

ショージサキさん、ご参加された皆さま、どうもありがとうございました。

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北原白秋『桐の花』

こんにちは、短歌人の太田青磁です。

最近、近代の短歌を読みなおそうという気運が高まっており、友人数人と読書会をしています。

『桐の花』は白秋の第一歌集ですが、すでに二冊の詩集を出しているということもあり、短歌という詩形で歌いたいモチーフが明確にあるような印象を受けました。リリカルでくっきりとした景が浮かぶ歌は、物足りないと感じる人も多いのでしょうが、その愛唱性はやはり際立っていると思います。好きな歌をいくつか。

■動物

春の鳥な鳴きそ鳴きそあかあかと外(と)の面(も)の草に火のいる夕べ
日の光金糸雀(カナリヤ)のごとく顫ふとき硝子に凭(よ)れば人のこひしき
アーク灯点(とも)れるかげをあるかなし蛍の飛ぶはあはれなるかな
青柿のかの柿の木に小夜ふけて白き猫ゐるひもじきかもよ
梟はいまか眼玉(めだま)を平くらむごろすけほうほうごろすけほうほう

■植物 

ヒヤシンス薄紫に咲きにけりはじめて心顫ひそめし日
魔法つかひ鈴振花の内部(なか)に泣く心地こそすれ春の日はゆく
君と見て一期(いちご)の別れする時もダリヤは紅(あか)しダリヤは紅(あか)し
烏羽玉(ぬばたま)の天竺牡丹咲きにけり男手に取り涙を流す

■楽器

銀笛のごとも悲しく単調(ひとふし)に過ぎもゆきにし夢なりしかな
すずやかにクラリネツトの鳴りやまぬ日の夕ぐれとなりにけるかな
にほやかにトロムボーンの音は鳴りぬ君と歩みしあとの思ひ出
病める児(こ)はハモニカを吹き夜に入りぬもろこし畑(はた)の黄なる月の出

■色彩・比喩など

わかば色鉛筆の赤き粉のちるがいとしく寝て削るなり
金口(きんぐち)の露西亜煙草のけむりよりなほゆるやかに燃ゆるわが恋
君かへす朝の舗石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ
美しく小さき冷たき緑玉(エメラルド)その玉掏らば哀しからまし
時計の針Ⅰ(いち)とⅠとに来るときするどく君をおもひつめにき 

北原白秋歌集 (岩波文庫)

北原白秋歌集 (岩波文庫)

 

 

短歌人3月東京歌会に参加しました。

こんにちは、短歌人の太田青磁です。

3月18日の土曜日に短歌人の東京歌会に参加しました。

1月は新年歌会、2月は勉強会だったので、通常のスタイルの歌会は3か月ぶりです。はじめて東京歌会に参加したのが、2015年の3月だったので、成長できてるのかという問いはともかく、ようやく2年が経ったという実感がある歌会でした。

この日は詠草56首といういつもに増して盛り上がりを見せ、たくさんの歌をたくさんの切り口で鑑賞することができました。

新たに編集委員になられた本多稜さんの端的な評や、自分が型にはまった読みをした歌に対して斉藤斎藤さんの歌の捉え方を伺うことができたりと、新たな体制を実感する機会でもありました。

わたしの歌は実は、ギリギリにあわてて詠草を出したところ表記を誤読される(かな→かは)という失態を演じてしまい、結句の読みに紛れを生じさせてしまい反省しきりでした。

今回は、勉強会でお誘いした方や別の歌会でご一緒した方が見学にいらしていただいたり、久しぶりに来てくださった方がいたり、最近入会された方が活発に発言してくださったりと、今までの短歌人の歌会の雰囲気のよさを残しつつ、新たな風が吹いてくる感じがしています。歌や評、運営で場を盛り上げていけるよう、精進せねばと思う一日でした。

研究会や懇親会も顔を出したかったのですが、家族の協力があってのことなので今回は後ろ髪をひかれつつ歌会のみで帰りました。

参加された皆さま、見学していただいた皆さま、どうもありがとうございました。

とちおとめ歌会に参加しました。

こんにちは、短歌人の太田青磁です。

3月5日に宇都宮で開催された、とちおとめ歌会に参加しました。

普段都内で歌会をすることが多いので、遠征は楽しみでした。あわよくば紀行詠など作れればと思いながら、北関東へ向かったのですが、車窓の風景は思ったより地味でした。。。

昼前に行って餃子でも食べればよかったのですが、改札でカードを持つなどしていたらあっという間に集合時間になりました。

バスに乗って会場へ向かいます。二荒山神社を横目に見ながら、近隣する市の会館の会議室へ行きます。

参加者は東京、神奈川、埼玉からの遠征組と地元栃木、そして隣県の茨城の方の12名、詠草参加の2首を含めて14首の歌会となりました。

題は「パイプ」または「煙」です。各自2首選をして、選の多い順に披講と評が薦められます。わたしは若きの頃の煙草を吸い始めたきっかけ(違法です)を詠んだ歌を出したのですが、共感いただける方と、ありきたりと言われる方が割れたのですが、いろいろと得るものがありました。

選のある歌会はどうしても初読のイメージを補強するような固定概念にとらわれることが多いのですが、選んだ/選ばなかった理由を言語化することも、大事な読みの姿勢だなと感じました。

歌会はなごやかに進行し、散会となったのですが、牧水の歌碑が近くにあるということで、見学をしつつ、牧水といえばお酒が飲みたくなってしまうのも否めない感じです。

遠征なので早めに引き上げようと思いながらも、バーでウイスキーやカクテルを飲みつつ、バーテンダーの方からいろいろと話を聞くことができて、楽しい時間となりました。とちおとめ23号にも認定いただきました。

帰りはほろ酔いの勢いに任せて、贅沢にもグリーン車に乗ってしまいました。短歌の話をしているとあっという間に東京に戻ってくることができ、世代はともかくとして持つべきものは友なのだと幸せなひとときでした。

宇都宮は短歌人の夏季集会の開催地なので、また訪れることができるといいなと思っています。次回は餃子と、そしておいしいお酒をゆっくりと堪能したいと思います。

河野さん、参加者の皆さま、楽しい時間をありがとうございました。

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『洞田』批評会に参加しました。(4)

こんにちは、短歌人の太田青磁です。

『洞田』について、構成や詞書について触れてきたのですが、やはり歌集なので気に入った歌をいくつか引いてみたいと思います。

振りむけばあのひと冬の出来事が綺麗な駅として建っていた
/洞田明子『洞田』(佐々木遥) 

あのひ(あの日)あのひと(あの人)あのひと冬と、イメージが重層的に立ち上がる。冬の硬質な景が綺麗な駅となる様を、振りむいた瞬間に浮かびあがらせるようだ。振りむく、冬の韻も叙情を感じさせる。

イヤホンのLとRを気にしない人も一緒にこれからも駅
/洞田明子『洞田』(佐藤仕事) 

イヤホンの左右が気になる人は音楽を空間的に把握しているのだろうが、気にしない人のおおらかさが伝わってくる。人も一緒にこれからも駅、という時間のとらえ方がどこか明るく感じられて気持ちがよい。

人に貸す本を電車で読み直すときにはじめて見つける言葉
/洞田明子『洞田』(斎藤見咲子) 

本が好きな人ならば誰もが共感してしまう一首。自分の本、読んだはずの本が違う顔を見せるそのときを切り取っている。

本を/電車で、ときに/はじめて

二か所の句割れが独特のリズムを生んでいる。

いちにちの最もながき階(きざはし)を人は昇れり駅という朝
/洞田明子『洞田』(大平千賀) 

通勤の朝を階段の長さに感じている主体が丁寧に描かれている。視点の変化を、四句で切って「駅という朝」という結句で歌いなおしているのがよい。「きざはし」という言葉に重みが感じられる。

四桁の切符の数字たしながらひきながらわりながらなほ待つ
/洞田明子『洞田』(千住四季)

切符を券売機で買って、印字された四桁の数字を組み合わせるという行為にノスタルジーを感じてしまう。「かける」ではなく「わる」を持ってきているのが、待つ時間のあてどなさを巧みに表現している。

改めて、「駅」という題に対して、多くの素敵な歌をまとめてくださった洞田明子の皆さまと、太朗のお二方に感謝です。

図らずも、批評会という場を通して、「私とは」「成りかわりとは」「仮名遣い」とはといった、なかなか正面から考えにくいテーマを考えることができました。

斉藤さん、阿波野さん、大辻さん、花山さんの刺激的な議論を聞くことができたことも、スリリングな体験でした。

拙いながら、『洞田』を読み直した記録です。お時間のある方は下記も合わせて読んでくださると嬉しいです。感想などあればおきかせください。どうぞよろしくお願いいたします。

『洞田』批評会に参加しました。(1) - 太田青磁の日記

『洞田』批評会に参加しました。(2) - 太田青磁の日記

『洞田』批評会に参加しました。(3) - 太田青磁の日記

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