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太田青磁の日記

There's no 'if' in life… こんにちは、短歌人の太田青磁です。

第4回「現代の歌人を読む会」を開催しました(大口玲子さん・吉川宏志さん)

こんにちは、短歌人の太田青磁です。

4月16日(土)に「第4回現代の歌人を読む会」を開催しました。この日は、大口玲子さんと吉川宏志さんの歌を取り上げました。

はじめてご参加くださった方も、続けて参加くださった方も、ひさしぶりに参加くださった方もいて、ゆったりと短歌を鑑賞しました。

まずは、大口玲子さん

 

形容詞過去教えむとルーシーに「さびしかった」と二度言わせたり

一時間ほどで済みたる鳥葬の完膚なきまで死をさらしおり 

一首目、日本語教師としての一面を切り取った歌で、「さびしかつた」を二度と言わせるところに味わいがある。教えむの「む」に主張が込められているのではないか。ルーシーがさびしかったのか、テキストを読ませたのかは踏むこまなくても伝わってくる。

二首目、鳥葬の壮絶なシーンをさらしおり、という透明な筆致で表している。完膚なきまでに骨まで砕かれる様子が伝わってくる。一時間ほどという時間の使いに臨場感がある。

ダイナミックに自然や社会を詠んだ歌に対して、人物が登場する歌には対象から一歩引いた視点があるように感じました。

つづいて、吉川宏志さん

 

しらさぎが春の泥から脚をぬくしずかな力に別れゆきたり

いつか僕も文字だけになる その文字のなかに川あり草濡らす川

一首目、別れの様子をしらさぎに喩えているのではないか。おそらく無音で力強い、しなやかさがある。シの音の重なりには意思的な何かがあるように感じる。

二首目、あくまで客観的に自分が亡くなったあとに歌集が残ると捉ている。草は子どもや後輩たち、川は吉川の川でもあるが、流れ続けるものがある。

文語と口語のバランスが透明な文体に表れている。冷静な視点から対象を細かく捉えているのが巧みで、トリビアルな発見をそのとおりに伝えていると感じました。

 

記録は早めに書かないと、メモした内容のつながり方が曖昧になりますね。

ご参加くださったみなさま、どうもありがとうございました。

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