太田青磁の日記

There's no 'if' in life… こんにちは、短歌人の太田青磁です。

「勝手にふるえてろ」を観ました

勝手にふるえてろ」を3回観てきました。同じ映画を上映期間中に繰り返して観ることはあまりないので、感想を書きます。たぶんネタバレ的なことも書くので、映画を観ていない方や原作を読んでいない方はスルーしてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初回は「綿矢りさ」の作品として観ていました。デビュー作から気になっていた作家で、『夢を与える』では世界の光と闇をとても痛々しく書いていたのが印象的でした。『勝手にふるえてろ』ももちろん読んでいました。と言っても、数年前に読んだくらいで細かいところまでは覚えていなくて、でもわりとダークなモノローグがどういうふうに映画になるのかなと思っていました。なので、最初の演出はもちろんオカリナさんのキャラクター構成とかすごいなと思いつつ、原作の筋はきちんと踏襲されていてとてもいいなと感じました。何はともあれ主演の松岡茉優さんの圧倒的なこじらせ具合に惹きこまれていました。そして、映画を観た直後に原作をKindleで買って、そういえばこんな話だったなあと思い返したのでした。

2回目は「松岡茉優」の演技をもっと観たいと思って行きました。ヨシカの振れ幅の大きさをあそこまで体現できるなんてむちゃくちゃすごいなと。ウェイトレスの金髪やアンモナイトやくるみのまつげをうっとり眺める感じ。イチを脳内で召喚するときの根拠のない全能感。ニのウザさを的確に見下す視線や口をついて出る罵り言葉のタイミング。海老天をくわえながら必死にイチとの距離を詰めていこうとするきょどった感じ。おろしたてのヒールのある靴を履いて颯爽と家を出るシーン。淡い期待が打ち砕かれたときの悄然とした表情。「絶滅すべきでしょうか」とまで落ちていく感覚など、あげていくときりがないのですが、ここまで不器用な人が、ここまではじけて、ここまで落ち込んで、ここまで笑えるのかと、ヨシカと一緒に泣いて、ヨシカと一緒に元気になる感じでした。天然王子を描くシーンや卓球のシーンや産休届を殴り書きにするシーンでは左利きの不器用さ加減が突き付けられる感じもありました。そしてシナリオをAmazonで買いました。

3回目は「大九明子」監督のやりたいことを観たいと思って行きました。ストーリーもセリフもわかっているので、安心して楽しもうという感じです。イチやニやくるみがどういうふうに描かれているのかとか、オリジナルキャラクターとのやりとりとか、電卓や拳でリズムを作るところや劇中歌を含めた音楽とか、衣装や小道具のこだわりとか。何よりセリフに勢いのあるリフレインがたくさんあって、テンポのよい掛け合いが絶妙でした。大九監督は人力舎に所属されていたらしく、ヨシカとニとの掛け合いの細かさとか、シリアスになりきりそうなところでの絶妙のタイミングのユーモアが素晴らしかったです。火事に慌てふためくところとか、奥多摩での願掛けとか、犬の散歩とか、動物園で走るところとか、写真の変な構図とか、雨合羽を着たオカリナさんとコンビニ店員の出し方とか、こちらもあげるときりがないです。二の過去にはあえて触れないところとか、ヨシカが休んでいるときの両親とのやりとりが割愛されているところとか、原作では冷酷に描かれていたフレディがわりとあたたかみのある人間に描かれているところとか、東京でのヨシカが思っている以上に愛されキャラになっているのが伺えたのもよかったです。

イチにはイチなりの世界との距離感があって、それを侵食してくる人たちからは常に心理的なバッファを持つのですね。いじられたら乗っかる、内心はいやでも誘われたら断らない、ふたりになったら記憶にない同級生からも話を聞き出すところなど、彼なりの処世術を背負わずにはいられない感じは、原作にはなかったイチ像でした。LINEを交換しつつ名前がわからんとはどういうことなんだろうとか思ったりするのですが、「俺を見て」とか「中学の頃に友だちになりたかった」とか、自己完結的に思わせぶりなところが罪作りだなあと感じました。

一方でニはかなりウザいんだけど、原作よりもファニーな憎めなさをまとっていたように思います。口下手だし、ストーカーまがいの絡み方とか、せっかく聞き込んだ情報を簡単に漏らしてしまって振られてしまうところとか、おいおい何やってんだよと、もどかしさを感じてしまいました。でも、釣りとか卓球とか角打ちとか動物園とか、自分の居心地のよい世界をしっかり持っていて、どんなにウザがられても自分の好きをちゃんと相手に向けて、包容力がある感じが魅力的でした。動物園や屋上で喜びを体全体で表現する姿も素敵だなと。

くるみは、たぶんよかれと思ったことを隠せないタイプの女性なのかなと思いました。ヨシカは二に知られたくないって言っているのに、ふたりを思っていろいろと助言して、結果としては裏目に出るのだけれど、それでもコミュニケーションをあきらめないところが優しさなんだろうな。ヨシカの心の声がダダ漏れしているときは、かなりひどいことを言われていたのに、ヨシカがひとりで引きこもっているときも、彼女なりの勇気をもってメッセージでお祝いと謝罪が言えるのは、ヨシカとの関係を修復したいという愛を感じました。

ラスト前の録音メッセージの一連がすごく好きなのですが、二につながらず4文字言葉を叫びここであきらめるのかと思わせて、まさかの紫谷がもう一回出てくるのにはむちゃくちゃしびれました。

ラストシーンは、ヨシカの強烈な自意識が生み出す暴力的な言葉の応酬を受け止めつつも、自分の気持ちに本当に正直に生きる二の格好良さが光りました。そしてヨシカのふくらはぎと扇情的に濡れる赤いふせんがぐっときました。

最後の「ベイビーユー」を聴きながらあたたかな気持ちで会場を出ました。とにかくほんとうに細かいところまで気を配っていて何度も観にいきたくなるの人がたくさんいるのも分かるなあという感じでした。パンフレットを買って、劇場に貼られていた綿谷さんと松岡さんの対談を読んで、松岡茉優さんが活字好きというところもいいななどと思って帰りました。

素敵な作品をありがとうございました。

勝手にふるえてろ (文春文庫)

勝手にふるえてろ (文春文庫)