書評『人魚』染野太朗歌集
「まひる野」に所属する著者の『あの日の海』に続く五年をまとめた第二歌集。見返しの紙質やプラスチックの帯にもこだわりがみえる。
この歌集の大きなモチーフとして家族がある。冒頭に妻との関係を回想する歌、続く父を描いた二首は頭韻を踏むように置かれている。
除染とは染野を除外することなれば生徒らは笑うプールサイドに
教頭のとなりで今年六度目だサッカーボールの行方追うのは
震災時や生徒を応援するといった職場の描写には、自らを外から観察しているような諧謔と孤独が伝わってくる。
尾鰭つかみ浴槽の縁(ふち)に叩きつけ人魚を放つ仰向けに浮く
君を殴る殴りつづける カーテンが冬のひかりを放ちはじめる
感情がなければいいなひとりだな便器掴んで吐くこの朝も
一転して、非常に強いテンションを持って迫ってくる歌が随所に現れる。表題の「人魚」は美しいものではなく攻撃の対象であり、想いを寄せる人にも暴力でしか伝えられない何かがあり、自身をもコントロールできないような感情が生々しく迫る。
もし煙草を吸えたなら今あなたから火を借りられた揺れやまぬ火を
繊細で透明感のある筆致のなかに自らの思いを綴る歌に惹かれた。
(短歌人2017年5月号掲載)