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太田青磁の日記

There's no 'if' in life… こんにちは、短歌人の太田青磁です。

短歌人4月東京歌会に参加しました。

こんにちは、短歌人の太田青磁です。

毎週、何かしらのイベントに足を運んでいるものの、気がつくとレポートをため込んでしまい反省の日々です。

4月9日に短歌人4月東京歌会に参加しました。

この日も多くの方が集まり50首を超える歌を活気を持って評をしあいました。また、新編集委員の4名の方が一堂に会するという意味でも、充実した会となりました。

わたしはその前の週に行ったお花見の景を詠んでみましたが、着地に少し無理があるなと思っていたことを、きちんと指摘していただき、やはり歌会の場に歌を出すことの大切さを実感しました。

発言は、前半は食いついていく姿勢を見せたものの、自分の担当の第一評がうまく読めなくて、気勢をそがれた感じで終わってしまいました。時間が押してきていますと言われたときに、端的な評ができるようになりたいです。

そして、研究会のテーマは『震災のうた』という河北新報宮城県の地方紙)に寄せられた投稿短歌をまとめた歌集でした。生死をあつかう非常に重い歌、大変な中にもささやかな喜びをうたう歌などあり、また昨年の歌から震災は現在進行形なのだということを改めて突きつけられました。

被災地に住めども我は被災せず避難所の前足早に過ぐ

励ましの言葉ですよね「頑張ろう」はテレビ画面に耐えられず切る

「大川小」の文字目にするとき教師らの判断責め得ず元教師の吾は

変わり果てた町となりしもカーナビは津波で消えた店へと案内す

不夜城に酔い痴れる街無人の町送電線は差別も送る

受け入れを拒否され帰り来る瓦礫人も東北を出てはならぬか

漂流物を医院のテレビで見し少女「じいちゃんもカナダにいるかも」

震災を風化させてはならぬとか観光バスからデジカメさげて

仮設にて戦争知るは吾一人テレビで安保の行方見詰める

海の街は海見えてこそ海の街防波堤はほどよき高さに 

読んでいていくつか気になったことです。

①事実・実景の重さが付きつけるものと詩型の持つ浄化作用の相互関係。

②心情・本音が出てくるまでのタイムラグは人それぞれである。

③被災地にいながら被害が少なかった人には負い目がある。

④安否がかかわる映像はすべて編集でカットされていたということ。

被災者に成り代わって詠んだ歌の歌意を汲もうとして、震災当時のリアリティを追体験するためにVTRを見て検証したという試みは、もしかすると根幹の部分で本質にはたどり着けなかった可能性があるかもしれないと感じました。