『洞田』批評会に参加しました。(4)
こんにちは、短歌人の太田青磁です。
『洞田』について、構成や詞書について触れてきたのですが、やはり歌集なので気に入った歌をいくつか引いてみたいと思います。
振りむけばあのひと冬の出来事が綺麗な駅として建っていた
/洞田明子『洞田』(佐々木遥)
あのひ(あの日)あのひと(あの人)あのひと冬と、イメージが重層的に立ち上がる。冬の硬質な景が綺麗な駅となる様を、振りむいた瞬間に浮かびあがらせるようだ。振りむく、冬の韻も叙情を感じさせる。
イヤホンのLとRを気にしない人も一緒にこれからも駅
/洞田明子『洞田』(佐藤仕事)
イヤホンの左右が気になる人は音楽を空間的に把握しているのだろうが、気にしない人のおおらかさが伝わってくる。人も一緒にこれからも駅、という時間のとらえ方がどこか明るく感じられて気持ちがよい。
人に貸す本を電車で読み直すときにはじめて見つける言葉
/洞田明子『洞田』(斎藤見咲子)
本が好きな人ならば誰もが共感してしまう一首。自分の本、読んだはずの本が違う顔を見せるそのときを切り取っている。
本を/電車で、ときに/はじめて
二か所の句割れが独特のリズムを生んでいる。
いちにちの最もながき階(きざはし)を人は昇れり駅という朝
/洞田明子『洞田』(大平千賀)
通勤の朝を階段の長さに感じている主体が丁寧に描かれている。視点の変化を、四句で切って「駅という朝」という結句で歌いなおしているのがよい。「きざはし」という言葉に重みが感じられる。
四桁の切符の数字たしながらひきながらわりながらなほ待つ
/洞田明子『洞田』(千住四季)
切符を券売機で買って、印字された四桁の数字を組み合わせるという行為にノスタルジーを感じてしまう。「かける」ではなく「わる」を持ってきているのが、待つ時間のあてどなさを巧みに表現している。
改めて、「駅」という題に対して、多くの素敵な歌をまとめてくださった洞田明子の皆さまと、太朗のお二方に感謝です。
図らずも、批評会という場を通して、「私とは」「成りかわりとは」「仮名遣い」とはといった、なかなか正面から考えにくいテーマを考えることができました。
斉藤さん、阿波野さん、大辻さん、花山さんの刺激的な議論を聞くことができたことも、スリリングな体験でした。
拙いながら、『洞田』を読み直した記録です。お時間のある方は下記も合わせて読んでくださると嬉しいです。感想などあればおきかせください。どうぞよろしくお願いいたします。