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太田青磁の日記

There's no 'if' in life… こんにちは、短歌人の太田青磁です。

第10回現代の歌人を読む会を開催しました(大塚寅彦さん、大辻隆弘さん)

こんにちは、短歌人の太田青磁です。

現代の歌人を読む会もついに二桁の回数を開催しました。参加してくださる人がいてくれてこその読書会なのですが、皆さんの鑑賞を聞きあいながら、読みが拡がり深まっていくのが楽しいです。

今回の歌人は大塚寅彦さんと大辻隆弘さんです。

まずは、大塚寅彦さん。

聴診器もてみづからの心音を聞きゐる医師のごとき深秋

マンションの窓モザイクに灯る夕(ゆふ)家庭とはつひに解き得ぬパズル

生きのびてその彩(いろ)ふかし朝の湯の蹌踉たる老人(おいびと)の刺青

一首目、四句までのすべての言葉が結句の比喩として深秋にかかる。深秋のもつ内省的な世界観が孤独な医師の姿として描かれる。「聴診器」「心音」「医師」「深秋」と繰り返されるシの音は「死」のイメージとも重なり、深みを持って伝わってくる。

二首目、マンションを眺めた景を窓のモザイクと切り取っている。部屋の灯りの有無や色味をパズルに喩えているのも面白い。二句の句割れ、三句の切れと音としてもパズルのようにも聞こえる。個々の家庭の問題は解き得ないという感慨が「ついに」にある。

三首目、湯上りの老人の刺青をあざやかに捉えている。蹌踉たるという形容動詞が際立っているが、老人と作者の関係は明かされることはない。いろ、おいびと、とルビで読みを限定しているが、刺青はシセイともイレズミとも読めるのも技巧なのだろうか。

続いて、大辻隆弘さん

あけがたは耳さむく聴く雨だれのポル・ポトといふ名を持つをとこ

受話器まだてのひらに重かりしころその漆黒は声に曇りき

紐育空爆之図の壮快よ、われらかく長くながく待ちゐき

一首目、 雨だれのオノマトペから、カンボジアの恐怖政治家の名前を引き出している。耳さむくは実景ともとれるが、ポル・ポトの事件を耳にした主体が心を冷たくしているのではないかと読むこともできるのかも。あけがた、雨だれの頭韻も静かに響く。

二首目、黒電話の触感そして漆黒の色が重さを伝えて来る。まだ重かりしころという幅のある時間を、声に曇りきと限定しているところにフォーカスが絞られていく。触覚、視覚、聴覚と五感に訴えてくる。主体の吐く息の熱量まで感じられるようだ。

三首目、アメリカに対する日本人の持つ屈折した感覚を濾過したような思いが伝わってくる。「原爆の図」のアンチテーゼを「壮快よ」と透徹に問題提起をしており、読み手の覚悟が求められる。テロリストの視点から読むこともできるのではという意見もあった。

 

「美意識」をどのように表現するのかという観点で、「中部短歌」と「未来」、春日井建と岡井隆の影響の違いをも感じる会となりました。大塚さんの「死」の歌と大辻さんの「雨」の歌に注目して、もう一段ふかく読み進めてみたくなりました。

次回は、小塩卓哉さんと谷岡亜紀さんの歌を読みます。どうぞよろしくお願いいたします。

現代の歌人140

現代の歌人140