読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

太田青磁の日記

There's no 'if' in life… こんにちは、短歌人の太田青磁です。

『66』を読みました。

こんにちは、短歌人の太田青磁です。

昨年出版された、超結社の同人誌『66』を紹介します。

66は、様々な結社に属する女性歌人の相互研鑽の場として発生した「六月六日の歌会」が発展したものをまとめられた冊子です。

発表作品、合評、題詠歌会の詠草となっています。まずは作品15首よりそれぞれ3首を。

ゆふがほの蔓伸び続けつやつやと育ついのちの太さを持てり
ガリレオ温度計われのうちなるガラス玉沈んでゐたり秋は遠くて
生クリームを盛り上げてゐるカウンターに「アイス・ラテ三つ」の注文をせり
/晩夏『66』浦河奈々 

二首目、初句の大胆な字余りはガの頭韻に回収され、結句の距離を導く。

黙しつつなにかを見つめているような秋の朝顔こちらを向けり
秋陽さす部屋に五本の刃を並べ父はしづかに包丁を研ぐ
御茶ノ水駅のカーブに差し掛かる心が軋むのを感じつつ
/紺色のベスト『66』遠藤由季

三首目、カーブの体感覚を心の軋みに巧みに重ねている。カ行の韻律も心情を屹立させる。

夜たつた一人で歩くこの道を知つてゐるつひに暗渠のままの
底知れぬ森に時折見失ふ夫はけふも裸足のままで
けふどこで傷ついたのか穿きかへて脱ぎ捨ててゆくナイロンの脚
/筐体『66』岸野亜紗子 

一連に不安な自己と向きあう主体の矜持を感じる。三首目、ナイロンの脚と言い切った比喩が巧み。

ほそく鳴く猫を呼びよせ抱き上げるために伸ばした腕までが夢
マタニティマークを揺らす足早のひとに抜かれし坂の途中に
鍋底に粉ふく芋をつぶしつつドヴォルザークのあかるさを聴く
/地に種を『66』後藤由紀恵

ゆったりとした豊穣な時間を感じさせる歌が並ぶ。ドヴォルザークは8番だろうか。

広辞苑よりかさりと落つる押し花の紅褪せて思い出せぬ春の日
ひらきはじめのはなびらにしわあることの羞しさに木蓮は沈思す
ふくしまの子ども、すなわち漉きあがり初夏のひかりに濡れている和紙
/天心『66』齋藤芳生 

二首目、ゆったりとひらかれたひらがなにより木蓮の羞と沈思黙考が浮かぶ。

日付ありし葉書の文字はそのかみの暗緑のいろ滲みゐるやう
降り出でし雨をおそれてうつしみは駆け去りゆけり犬のごとくに
しろがねに芒充ちたりみちのへに刈るひとなくて秋をありたり
/銀芒『66』高木佳子 

一首目、初句の字余りに時間の経過を暗緑色の滲みには差出人への静謐な思いを感じる。

水をかく腕の確かさ今日よりも明日を信じる心はあらず
こころなるやっかいなもの抱えたる生物の呼気なまあたたかし
ぺージから煙草の匂いこぼれきて人より人の記憶が痛む
/どんぐりたち『66』鶴田伊津 

三首目、痛みを呼び起こす煙草の匂いと在りし日の記憶は深いところで結びついているのだ。

うす蒼き静脈透けるまぶたもち少女はねむるはつ秋の繭
わたくしを脱出できないたましいは公孫樹黄葉をひたすらに恋う
みどりごの眉を残してしんけんに朝の髪梳くわがプラタナス
プラタナス『66』富田睦子 

一首目、繭に眠る少女の姿に自らの少女時代を重ねるような丁寧で優しい眼差しがある。

熊を狩る犬でありしを長く飼う庭にうつむき水を飲みおり
黒髪のごとくうねりて満ちてくる夜のほとりにきみとたちおり
丸薬の白ふくみつつまなぬるき水を飲みたり本番の朝
/まぼろしの舟『66』錦見映理子 

一首目、猟犬の鋭さは長き時を経て穏やかになるのか。水を飲む愛犬への視線がやさしい。

アクリルの小さき籠に透けていし鈴虫 書店の景品として
深更の籠をひらきて霧吹きに潤ばしめたり土と羽とを
長月の長雨のはざま庭なかの何処とも知れぬ鈴の音を聞く
/脚の一本『66』沼尻つた子 

鈴虫がユニークな一連。長月の長雨のリフレインが心地よい。何処は余らせてもいずこと読みたい。

学生の頃の時間の底をかき混ぜてひと夜に垂らしてみたし
墨の筆浸けたるような空のあり関ヶ原越えゆく一人旅
もたないと思いつつする仕事あり 朝ひらきたる萩がゆれている
/半透明の馬『66』山内頌子 

一首目、混沌とした時間が句跨がりのリズムに引き立され思わず学生時代の景色が浮かぶ。

わが神は藤紫の鉄耀を四肢へ施す創造の日に
睡魔へと差し出す命、C4H10FO2P 耳骨に雪踏む音の響くころには
戦場に打ち立つ旗を引き剥がし旗の数だけ止血するなら
/萬骨枯『66』玲はる名 

二首目、サリンの化学式が表すものは何だろうか。睡魔、差し出す、雪踏む音の連想があるのか。

後半は、座談会として各自が持ち寄った一首を相互鑑賞するパートに続きます。

葛原妙子さんの歌、江戸雪さん、大森静佳さんの鑑賞を興味深く読みました。引用したい内容もたくさんあるのですが、まずは掲出歌を自分なりに読むところから始めようと思います。

結社誌でも総合誌でもない読み応えのある同人誌にも注目していきたいです。