短歌人2016年6月号 会員1欄より
こんにちは、短歌人の太田青磁です。
短歌人2016年6月号会員1欄の掲載作品を紹介します。
ゆうぐれの舗道のすみに咲いている矢車草の青のすがしさ 芦田一子
上の句で丁寧に描写された矢車草が、結句の青のすがしさによってきりりと引きしめられている。ヤグルマソウは葉がこいのぼりの竿の矢車の形に似ているから名付けられたという。漢字とひらがなのバランスが素晴らしい。
残酷とカットされたるシーンにこそ戦争があるその実相が 野上卓
表現されているものだけでなく、表現されなかったものに目を向けることの大切さを想起させる。こその強調、結句の倒置からも戦争の残酷さを表現しなければいけないのだ、という強い気持ちが伝わってくる。
吾をひとり客としバスの運転士ことばおだしく案内つづける 滝川美智子
上の句はひとり、客とし、運転士、とリズムよくつながっている。下の句のおだしくは、穏やかにという意味のおだしの連体形。運転士の朴訥な人柄が伝わってくるとともに、主体が貸切状態のバスを楽しんでいるようでもある。
書店ごと話題ある本積み上げる山のかたちはそれぞれちがう 犬伏峰子
大型書店が立ち並ぶ昨今、書店は如何にして話題の本を売るかという競争下にある。書店ごとの棚の作り方を「山のかたちはそれぞれちがう」と細かく観察している。ポップや陳列方法など普段は行かない書店の棚揃えの意外性を楽しむ様子が感じられる。
アプト式列車の喘ぎなつかしき碓氷峠はいづこにありや 阪本まさ子
アプト式列車とは、碓氷峠の急勾配を登るために作られた複数の歯車をもつレールである。往時は横川から軽井沢までの80分を、汽車が蒸気を喘ぐように吐きだしながら登っていたのだろう。高崎軽井沢間は新幹線でわずか15分である。いづこにありや、が効いている。
のど落ちる冷えたトマトの欠片から未来へと吹くひとすじの風 (黒﨑聡美)
上の句のトマトは冷製パスタのようなものであろうか、のど落ちる、が新鮮に感じる。一連から友人の送別の日を歌っており、未来へと吹く風は、離れて暮らすことになってもひとすじの風でつながっていると伝えているように感じる。