中家菜津子さんの『うずく、まる』批評会に参加しました。
こんにちは、短歌人の太田青磁です。
4月17日に中家菜津子さんの『うずく、まる』(書肆侃侃房 2015年)の批評会に参加しました。中家さんは、短歌だけではなく現代詩も作られていて、この歌詩集にも250首の短歌に加えて13篇の詩がおさめられています。
批評会は、前半に詩人の野村喜和夫さんと歌人の加藤治郎さんの対談を、後半に4名のパネルディスカッションに加えて、会場の歌人詩人の方々からコメントをもらうという2部形式で進められました。
1部の対談のテーマは「詩形は越えられるか」です。現代詩、短歌、俳句のジャンル間での越境について語られました。
野村氏は、ジャンルを越えて優れた作品を生むためには、まず自分のジャンルを絶対化する必要がある。そのうえで、他のジャンルにも開かれる必要がある。また、短歌には、連作や散文の要素としての詞書があることで、一首だけではない世界を広げている。古典和歌から伝わる豊富な修辞技法によって「言葉の自走性」を生みだされるのではないか、と述べていました。
耳がいい、言葉のセンスがあると評されたいくつかの詩が解説される。
「ばら」の音韻が次々と連なった言葉を生みだしていく「散緒」(P.19)
ばらばらになったあばらを海原にばらまけば
渦潮
しばらくは未来にしばられる
一度も晴れたことのない素晴らしい闇に浮かぶ
銀河
そのまばらに散った青い星の上に
荊の蔓を渡るバランスであなたは立っている
散緒(ばらお)が切れるまでのあいだ
「まる」から想起されるものが縁語のイメージで連なっていく「うずく、まる」(P.22)
うずく、まるわたしはあらゆるまるになる月のひかりの信号機前
(略)
うずく、まる 満月の夜、咲こうとする石塊の中に
うずく、まる 循環する山手線のつり皮をつかむことができずに
うずく、まる うみおとせなかったもので満ちる海を抱えて
音韻、縁語に加え視覚韻(表記の似ている文字)を織り込んだ「せんせい」(P.111)
紙を折る、浅い眠りに降るチョークの雪、混濁の半分を祈る
(略)
逝くことと行くことが紋白蝶の標本の虫ピンの上で放電している
(略)
紙をひろげる、
窒息していた平面は、くしゅくしゅに隆起して漸く風が生まれた
加藤氏は、コンセプトを持って一冊の詩歌集を作ることの意義と、言葉の自走性と同時に女性性・私性の濃さがあるのでは、と述べていました。
続いて2部は、遠藤由季さん、染野太郎さん、石川美南さん、薮内亮輔さんの4名の歌人によるパネルディスカッションでした。
遠藤氏:詩歌の原風景としての北国の描写と菜の花・雪といったイメージの重なりがある。
骨組みにビニールを張る北国の重みが父母にのしかかる春(P.82)
夕暮れの発車のベルは鳴り渡り菜の花よりも懐かしい君(P.34)
染野氏:物語ではなく観念と瞬間の美しさを描いており、ステレオタイプやナルシシズムによって文体が流れているのではないか。
満たされぬ器にひとつの罅もなく真砂の日々がそそぎこまれる(P.13)
ゴッホとかサンドイッチの耳のこと気になったまま学校へ行く(P.54)
石川氏:定型は通過点なのか着地点なのかという問いかけと、音やイメージによる連鎖に任せ、逆算して言葉を選んでいるのではないか。
はるじおん はるじおん はるじおんの字は咲き乱れ、銃声が鳴る(P.14)
音だけの花火を聴いた ぎんいろのテレビの向こうガザにつながる(P.60)
薮内氏:黙読したときの心地よさを意識した表現がみられる、息の長い文体に詩的要素がみられる、言葉のイメージに頼り過ぎではないか。
ポケットに切符を探している人がポプラのように改札に立つ(P.37)
くろがねならばピストルが美しい(し)ね
しろがねのクリップで交互に夜と紙を留めた
(略)
ほ、た、る、こ、い、
う、ち、お、と、す
(略)
喪服のからだに句読点をうったとき倒れたはずみで飛び散った真珠をリボルバーにこめる
い。の。り。の。合。図。と。し。て
(略)
(P.49「ピストル」)
会場発言では、作品の題材の幅の広さや、モチーフの具体性とステレオタイプ性は相関するのでは、といった論点が出たものの、時間が迫っており十分に話が聴けなかったのが心残りでした。詩人の方々が短歌作品をどのように読んでいるのかにも、もっと触れてほしかったなと感じました。
今回の批評会に参加しての個人的な大きな気づきをまとめると、
一首、一連、歌集とそれぞれのレベルでの批評のスタイルがある。
「言葉の自走性」から生まれる言葉の連なりをどのように詩的表現にまとめていくか。
「視覚韻」という表記による押韻の効果を意識する。
濃密な時間の中で内容をうまく咀嚼できておらず、登壇した方々の意図するところをくみ取れたかどうか不安ではあるのですが、批評会に参加してディスカッションを聴くためには、批評の場で語られる語彙や背景を理解しておくことが大事だなと感じました。
これからも、積極的に批評を聴く機会を増やしていきたいなと思っています。
- 作者: 中家菜津子,加藤治郎
- 出版社/メーカー: 書肆侃侃房
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