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太田青磁の日記

There's no 'if' in life… こんにちは、短歌人の太田青磁です。

未来夏韻集首都歌会に参加しました

こんにちは、短歌人の太田青磁です。
未来夏韻集(大辻欄)首都歌会に参加しました。

新宿の会議室に朝9時という早い時間にもかかわらず、心の花、塔、かりんなど他の結社の方々、未来の「彗星集」や「陸から海へ」など他の選歌欄の方々もいらして20名ものにぎやかなメンバーが集まりました。

歌人以外の結社の歌会に参加するのははじめてだったので緊張しましたが、超結社の歌会や読書会でお会いした方がいらっしゃって、自己紹介をするころにはわりと落ち着くことができました。

B5の用紙に記名で詠草を書き、各自が参加者分コピーするという方式で準備します。歌会では各自、自分の歌を2回披講してから、司会者の指名、参加者の挙手により数名が評を述べたあと、大辻さんにまとめて講評をいただく、といった流れで進みました。

記名式歌会のメリットとして、運営の負担が軽くなる、形式的な自評をしなくてもよい、歌会後の解題がしやすいと感じました。

もちろん、作者の経歴に読みの前提が左右される、作者を目の前にするとネガティブな指摘がしにくい、といった点で匿名の歌会のメリットは失われるのですが、提示されたテキストを真摯に読むことの大切さを改めて感じることができました。

歌会全体を通して、破調と韻律に対する捉え方が大きな話題になりました。

破調ではあるが、韻律感があるとされた歌は
3-7-9-9-5(6-8-5-7-7)33音
9-9-11-3(5-8-5-7-7)32音
6-11-5-10-8 40音

音韻の繰り返しでリズムが作られている、字余りや句跨がりが歌そのもののモチーフを捉えているならば、破調でも気持ちよく読めるのではないのだろうか、という意見がありました。

一方で、リズムに工夫がと評された歌は
6-7-5-7-8 33音
5-7-8-7-7 34音

結句の字余りは不安定な印象を与える。三句の字余りは下の句との区切れが見えなくて、一読で入りにくい。定型におさめる工夫はできるのではとのことでした。
(ここは短歌人の歌会でもたびたび話題に上がります)

他にも、歌のリアリティとイメージの共有をどこまで読者に委ねるのか。一字あけ、句読点、パーレン()、ルビ等の表記上の技法についても、議論になりました。

基本的なスタンスとして、定型に則り、過剰な修辞は抑え、事物や心情を丁寧に描写する歌が評価されていて、未来の中でも選歌欄で作風がかなり違うのだとの印象を感じました。

個人的な読みの考え方は、大辻さんと近しいものがあるのではないかと思っており、機会を見つけて積極的に参加していきたいと思える歌会でした。

今回提出した詠草は、別の媒体に出した歌を作り直してきたのですが、もう一歩が掴みきれず、いただいた評を元に改めて推敲しようと思っています。

大辻さん、夏韻集の皆さま、どうもありがとうございました。