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太田青磁の日記

There's no 'if' in life… こんにちは、短歌人の太田青磁です。

『ここからが空』春野りりん

短歌

こんにちは、短歌人の太田青磁です。

歌人の春野りりんさん第一歌集『ここからが空』を紹介します。


歌集を一読して、日常の何気ない音を音楽として捉えている歌がとりわけユニークである。

  電子音かぶさりあへる朝七時家はふくらむ楽曲の函

電子音はアラーム、電子レンジ、洗濯機などであろうか。一つ一つはどうということのない電子音なのだろうが、「かぶさりあへる」ことで、不思議なハーモニーを生みだすようである。

  近未来音楽なりと言ひきかすMRIの乱鐘浴びて

MRIは私も受診したことがあるのだが、狭い筒状の機器に閉じ込められて暴力的な音が鳴り響くのである。その音すらもリズムを乱鍾する「近未来音楽」と表現しているのがおもしろい

  くろがねの橋にいたりて長調にうたを転ずる快速列車

この歌はすごく好きな歌である。地上の線路の上では枕木の音は地面に吸収され、ガタンゴトンと静かな繰り返しなのだが、橋の上ではカランガランと音が四方に響くのである。この響きの違いを「長調に転ずる」と表現したところが秀逸。「くろがねの橋」「快速列車」と硬い響きのある音とも呼応しているように感じる。


また、手に届く範囲のものごとを、少しだけ引きしめて歌にしているところも、静かに対象と向き合っているようで印象にのこる。

  いはばしる垂水のやうな清しさを左眼に注す二時間おきに

目薬という誰もが知っているアイテムを、志貴皇子「石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも」の本歌取りで表現しており、清冽なイメージが伝わってくる。もしかすると、春の花粉症の時期を想起させているのかもしれない。

  削りたてのえんぴつの匂ひ立春のひかりるるると笑いつつ降る

上の句では字余りながらシャープなイメージを、一転して下の句では「ひかりるるる」とやさしく包み込んでいる。匂いが笑いながら降るというのは、ユニークで、視覚だけでなく嗅覚や聴覚も歌に呼び覚まされるよう。

  ガラス器に杏仁豆腐は満ちてをり確かなる春の界面張力
  雨音が美しいです 一行のメールが雨をすりぬけとどく
  昨日友を撫でたる桜前線がけふわが頬を染めあげにけり

ガラス器にある杏仁豆腐の表面張力、美しい雨音から一行のメールへの転換、桜前線という実際にはないものが頬を撫でる、と日常の当たり前の題材を独特と切り取り方で歌に昇華させている。


  夫より借りし自転車こぎながら五センチ高き秋風を吸ふ

この歌集は、子どもに対する優しい歌が数多くおさめられてる。その中で夫は直接に歌われていないものの、「五センチ高き秋風を吸ふ」という目に見えない方法で家族のほのぼのとした関係性が描かれているのがいいなと感じる。

ここからが空

ここからが空