太田青磁の日記

There's no 'if' in life… こんにちは、短歌人の太田青磁です。

さまよえる歌人の会に参加しました(中山俊一『水銀飛行』)

こんにちは、短歌人の太田青磁です。

11月26日(土)にさまよえる歌人の会に参加しました。

先月の会で染野太朗さんから、中山俊一さんの歌集を薦められて一気に読んでしまった勢いで、はじめてのレポーターとして発表の機会をいただきました。

もう一方のレポーターは、稀風社の鈴木ちはねさんでした。緊張している私に先攻を譲ってくださいました。

『水銀飛行』の巧みで多彩な場面設定と浮遊感のある文体について、当日の発表と会場からいただいたご意見をもとに、いくつか紹介します。

■季節

息継ぎのように今年も現れて夏の君しか僕は知らない

それは音もたてずに秋のセグウェイはぼくをひとりにしないだろうか

春の夜はビオフェルミンの薬瓶へぽぽれぽぽろと沸く春の夜は

ひとすじの地平線を内包する紙飛行機は冬風を越え

 季節の歌がたくさんあって場面を際立させていると感じました。

一首目、クロールの息継ぎのように「夏」だけ水面に顔を出して、秋・冬・春は水面に潜っているかのようなイメージ。二首目、秋の歌は歌集にわずか二首なのですが、一人乗りのセグウェイに孤独を重ねてしまいます。三首目、不思議なイメージのオノマトペを春の夜のリフレインで包んでいます。四首目、紙飛行機と地平線を冬の澄んだ風に乗せた巻末の歌です。

■天候・気候

七の段くちずさむとき七七の匂いに満ちる雨の土曜日

あゝぼくのむねにひろがるアコーディオン抱けば抱くほど風の溜息

マニキュアは咳止めシロップの味に似て雪の微熱に埋もれていたよ

予備校を終えて少女ら自転車のサドルを拭いた。銀河は晴夜

続いて、天候や気候のもつ体感覚を描いた歌です。湿度も感じました。

一首目、七七とくちずさむときのくちびるの動きを匂いと雨の感覚に寄せています。二首目、アコーディオンの音に心地よい風を溜息として響かせています。三首目、雪の冷たさと相反する微熱をマニキュアと咳止めシロップのカタカナで切り取っています。四首目、雨上がりの風景を遠くはなれた銀河から見ているかのようです。

■色彩

青い犬走れよ 絵の具が渇いても筆洗バケツの水でありたい

海沿いのバス停にある橙の(おそらく不法投棄の)ソファー

恋人のかたちが好きだ赤い螺旋階段を生む林檎とナイフ

色彩のコントラストがビビッドに迫ってきます。

一首目、歌集に頻出する青の歌。絵の具が渇くという表現に惹かれます。二首目、海沿いのバス停という青やグレーのイメージに対照的なオレンジをぶつけています。パーレンによって暗示された謎が回収されない感じも受けます。三首目、強い言い切りの口調と赤と刃物が並置されてくっきりとした景が浮かびます。

■登場人物

うけいれるかたちはすべてなだらかに夏美のバイオリンの顎あて

俺たちは違反速度で駆け抜けた。それが教習コースと知らずに

李さんは星的寡黙ローソンの制服のまま帰ってきた夜

一首目、夏美は寺山修司の「夏美の歌」(と教えてもらいました) からでしょうか。上の句のひらかれた文字に対して、夏美、バイオリン、顎、とかっしりした言葉で受けています。二首目、俺たちと言う台詞を後ろから見つめるような視線が感じられます。三首目、李さんのキャラクターが戯画的に描かれた一連は匿名性の強い歌集の中に奥行きを感じさせます。

■浮遊感のある文体

除夜ッ除夜ッと夜を除いて雪のふる明るい箇所を選んで歩め

案山子になる。あなたがぼくの顔を描く。あなたの僕の顔を描くのだ。

「それからは「夢のなかを「生きている「寝ても「醒めても「夢の中」 

 一首目、まるでオノマトペのように響く除夜ッの「ッ」がリズムを生んでいます。二首目、大胆に余らせた初句、ぼくの顔は描かれることであなたのものへとなってしまう不思議な感覚があります。三首目、字足らずを補う句の切れ目に「 が出てくるたびに夢の世界に閉じ込められていくようです。

 

当日、うまく話せなかったこともあるのですが、鈴木さんの一首一首を丁寧に読み解くスタイルの発表や会場の方々のコメントを聞いて、改めて素敵な歌集だなと感じました。参加者が選ぶ私が好きな一首もバラエティに富んでいて楽しい時間となりました。

レジュメの中に解釈しきれない歌をたくさん盛り込んでしまったことと、発表が終わったところでエネルギーが切れてしまって、後半の議論についていけなかったのは今後の課題ですね。自分なりの評価軸を掴んでいきたいと思いました。

参加されたみなさま、どうもありがとうございました。

水銀飛行 (新鋭短歌シリーズ29)

水銀飛行 (新鋭短歌シリーズ29)