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太田青磁の日記

There's no 'if' in life… こんにちは、短歌人の太田青磁です。

2016年8月号「20代・30代会員競詠」より(2)

こんにちは、短歌人の太田青磁です。

ひきつづき、短歌人8月号掲載の「20代・30代会員競詠」からいくつか紹介します。この特集には去年一度だけ参加したことがあるのですが、題をつけると一連が立ち上がってきますね。

「日はまた昇り繰り返してゆく」リフレイン信じていいのとカーテン降ろす
/「バリケード」笠原宏美

冒頭の問いかけは自問自答でしょうか、それとも誰かのことばなのでしょうか。あふれる言葉を三句のリフレインで受けているところにも、主体の不安な感覚が伝わってきます。カーテンを降ろすという行為は一日の締めくくりなのでしょうか。カーテンも「バリケード」の一部なのかもしれません。

 

逢ふひとをカンパネルラに読みかへてたつたふたりつきりいきてきた
/「東方譚」柏木みどり

東方は宮沢賢治の故郷なのでしょう。心の中にある大切な場所へゲストを招いているようなイメージを持ちました。上句のカの音が立ち上げたリズムを、下句の撥音の繰り返しで立ち止まらせるような、タの音とキの音とで止め置くような不思議な読後感があります。

 

五時半に帰つて来ると復唱をさせ公園に子を送り出す
/「のの様しだい」河村奈美江

子どもを送り出すあたたかな親の気持ちが素直に伝わってきます。「帰って来る」という子どもの視点から言葉を選んでいます。定型で読めるのですが、57775という句またがりのリズムでも読むことができて、最後の「送り出す」の後に余韻が残る感じがいいなと思いました。

 

自転車に乗る人過ぎてそこに吹く風はわたしの知らない風だ
/「先へと続く」黒﨑聡美

自転車が起こす風を、まず感覚として受け止めてから、知らない風と知覚に落としていく時間の流れをうまく捉えた歌です。自転車の人は誰だろう、そこはどのような場所だろう、知らない風はどのような風なのだろうと、イメージを膨らませてみたくなる余白が「先へと続く」感じを受けます。

 

着信のバイブレーションを視界からはずして窓の夕暮れのぞむ

/「無題」小玉春歌

着信のバイブレーションは体感覚でしょうのか、まず耳で受けるのでしょうか。あえて視覚と捉えて意図的にはずすという行為は、架かってきた電話を受けたくないという気持ちが表れているようです。窓からのぞむ夕暮れには、わずかひとときでも自由な感覚を持っていたいのかなと感じます。

 

アパートは三階建てで三階に行かないままに八年過ぎる

/「線香と春」笹川諒

普通に生活をしていると、自分が住んでいない階には足を運ばないだろうと思います。三階には誰か知っているひとがいるのに訪れなかったというストーリーのドラマではなく、気がつくと八年も過ごしていたのかという時間の流れを掬いあげた歌なのかなと思って読みました。三階と八年という数字の使い方も、行かなかったという事実をモチーフにしているのもいいなと感じます。

 

フイルムが廃れたせいで破りたいのに空っぽなままのアルバム

/「8月のモノフォニー」鈴掛真

写真はすっかりデジタルになり、フイルムという言葉自体を聞くことが少なくなったところを、郷愁のような雰囲気で切り取っています。大胆な句またがりが「空っぽなまま」の空虚感を増幅させているようです。フイルムとアルバムも対のようになっており、あるべきはずの時間を残せなかった切なさを感じさせます。