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太田青磁の日記

There's no 'if' in life… こんにちは、短歌人の太田青磁です。

第27代うたの人「奇跡」より

うたの日

こんにちは、短歌人の太田青磁です。

第27代「うたの人」から、いくつかの歌を紹介します。今回から「うたの日」の上位の方と、抽選で選ばれた方による選抜歌会になりました。

題は「奇跡」です。

 

特選
眩しさのなかに産まれたひな鳥はキセキ、キセキ、と全身で鳴く(皆川せつ)

このオノマトペは正直、やられたなと思いました。眩しさのなかという一見恵まれた環境にあっても、全身で自己アピールを繰り返すことで、親の愛を勝ち取ろうとする健気さにほだされました。キセキ、キセキのリフレインがひな鳥の親を想う心を喚起し、子どものためにキセキを繰り返して餌を捕まえる親の愛と苦労は、子をもつ身としても打たれるものがあります。

 

並選
奇跡的回復を経てじいちゃんは半分の胃で鰻を食らう(えんどうけいこ)

快気祝いの気持ちの良い歌だと思います。胃を半分摘出してから、徐々に食べものが食べられるように回復しつつ、いよいよ好物の鰻にたどり着くまでの経過が浮かび上がってくるようです。「食らう」という豪快な言葉の選び方もいいなと思いました。

 

並選
総武線しずかにゆれてきみの手のさす方向に虹が出ている(ミルトン)

総武線は千葉方面(上総下総)から東京・神奈川(武蔵・横須賀線)方面へ向かう快速電車と秋葉原から御茶ノ水、新宿方面に向かう黄色い電車があって、どちらかというと黄色い電車のイメージで読みました。電車がゆれたときにふっと差し出した君の手の先に虹が見えたのだと、素直に読む方が結句の「出ている」という何気ない現在形にマッチしているのかなと感じました。

 

並選
「奇跡などと呼ばないようになるまで」と奥地へ向かう医師はわらった(西村湯呑)

公衆衛生が発達していない地域で真摯に医療に取り組まれているひとの発言なのかなと思います。結句の「わらった」は単に「笑って言った」だけではなく、もしかすると奥地から帰ってきていないのかもしれないという印象を初句「奇跡などと」という強い入り方とも合わせて感じました。

 

並選
すれちがう風を奇跡と呼んでいる 無限のそれが世界に満ちて(宮本背水)

これはマラソンや駅伝といった長距離の陸上競技や自転車で長距離を走る感じを想起しました。風とすれ違う感覚はランニングや自転車でも得られ、世界は風に満ちている感覚がとても気持ちが良かったりします。向かい風はしんどい時もありますが、風を切って進む爽快感が気持ちの良さが体感覚を刺激してくるようです。

 

並選
アプリでは神にもなれる人たちの奇跡にあふれ電車は走る(スコヲプ)

これはポケモンGOと電車でGOがかかっているようで楽しいです。世の中のシステムを動かす集合知のような見えない何かが、電車という正確な時間どおりに運行される世界に誇る運行システムを乗客も含めたアプリの力で実現する空想がユニークだなと感じました。近い将来、シンギュラリティなどの技術革新が最適解を生むのではないか、という楽観的な見通しも含めて、黄色をつけたいと思います。

※黄色は並選です

 

出詠されたほかの歌にも評をつけています。ご興味のある方はどうぞ。

http://utanohi.everyday.jp/hito/page.php?id=27