太田青磁の日記

There's no 'if' in life… こんにちは、短歌人の太田青磁です。

武田穂佳「空が明るい」 第59回短歌研究新人賞作を読んで

こんにちは、短歌人の太田青磁です。

 

短歌研究9月号は新人賞の発表号となるため、書店からあっという間に売れてしまうようです。今年の新人賞は象短歌会・早稲田短歌会に所属されている武田穂佳さんの「いつも明るい」でした。

 

最初に読んだ感想として、一読すっと読めてしまい、情景が明るいのはわかるのだけど、どこかものたりなさを感じる印象でした。

文体として、一字空けが11首、文末または字空けの前が「る」で終わる歌が14首、「夕焼け」、「校庭」、「毛糸」、「ペニス」、「神秘」、「日」、「ペニチュア」、「霧雨」、「夕べ」、「消えるもの」、「時間」と体言止めが11首もあって、さらにハートマークが勢いよく目に入ってきて、新人賞はこういう歌が選ばれるのかと少しびっくりしてしまいました。

 

反面、選考委員全員が4位以上で採っているからには、自分に気がつかない何かがあるはずだと、もう一度じっくりと読み返してみました。

 ストレートパーマを君があてたから春が途中で新しくなる

柔らかい雨降りました君のため船のプラモを買った帰りに

素直な相聞で始まる導入です。「ストレートパーマ」という明るい語感の言葉を「あてる」という明るい動詞で受けながら、春が新しくなるという少し不思議な感覚を浮かび上がらせています。パーマは、かけるのか、あてるのかは地方によっても世代によっても使い分けがされているようですが、この歌には「あてる」がきれいに響いています。

二首目も君への歌です。「君のため」はストレートパーマをあてた君にとっての「柔らかい雨」とも、君のために「船のプラモ」を買ったともとれる掛詞のような味わいのある歌です。「ストレートパーマ」「プラモ」はともに半濁音を含む「明るい」語感の言葉が連なります。

 休憩の八つの個室それぞれに違う女生徒いることの神秘

携帯をあまり触らない友達のポニーテールは川に似ている

八つの個室はどことは明示されないものの、周囲を冷静に観察する作者の視点が見える歌です。「女生徒いることの神秘」はやや硬い印象ですが、「それぞれに違う女生徒」のひとりのどこか筋の通った姿勢を次の歌で具体的に描いています。「ポニーテール」と「似ている」の脚韻もさわやかで、ここでも「神秘」「ポニーテール」と半濁音が並んでいます。

 わたしがわたしを守ってあげる シャーペンの芯を多めに入れる 

鏡台の椅子の木目を撫でまくる やさしいひとにやさしくしたい

この二首は上の句と下の句がそれぞれの文になっています。「わたし」「やさしい」のリフレインに加えて、抽象-具体、具体ー抽象という対の構造が浮かびます。わたしの歌はシャーペンで自分の書く言葉が、自分自身と外界とを隔てる心理的な防御になっているのだと感じました。ここでも登場する半濁音が歌を引き締めています。鏡台の歌は撫でまくるに偏愛的な体感覚が描かれています。「やさしくしたい」という気持ちの対象は、あくまでも主体が「やさしいひと」と思う限定された範囲であり、読者はどこか置いていかれるようでもあります。

 

何度か触れていますが、この一連には半濁音が、「ストレートパーマ」、「プラモ」、「ペニス」、「ワンピース」、「47ページ」、「神秘」、「ポニーテール」、「ペニチュア」、「シャーペン」、「いっぱい」、「たんぽぽ」と11首もの歌に使われています。一方で、濁音を多用し重みを感じさせる歌もあり、バランス感覚にも驚きます。

六月の午前授業の放課後のふたりの自転車みずみず光る(4首目)
47ページ図1の実験の人の深爪に気が付いている(12首目)
こんなにもリンゴゼリーは透き通る いじめの順番回ってきた日(15首目)
メリーゴーランドありがとうこんなにも本当みたいに輝く時間(24首目)

 

選考委員座談会を読んで、私の最初の感想は「淡すぎて物足りなく思いました」(栗木さん)「ストレート過ぎてどうでしょうか」(加藤さん)に近いものでしたが、改めて読み返して「さらに何首か〇をつけられそうなぐらい、いいと思える歌が多かったです」(穂村さん)、「それにしても全体として採れる歌が多くて魅力的だと思いました」(米川さん)と上位で選んだ方が、一首一首を丁寧に評価されていることが印象に残りました。

 

加藤さんの読みはすごく個性的で、作者の内面を何とか読み解こうとされている感じを受けました。「秋の欠落は気になります」「きっと深い孤立感があるのではないか」「作者の家族の不在が印象付けられました」「国道四号線から北国の印象が出てきたので、~私は東日本大震災を想起しました」

他の選考委員の方からはそれぞれ

「家族はいるんじゃないの?」(穂村さん)

「そこまで物語は感じませんけど……」(米川さん)

「そんな、無理に悲劇に結びつけなくても」(栗木さん)

と、否定されているのですが、あえて「物語読み」をすることで、作者の今後の実作のテーマとなるような項目を丁寧に拾い上げているのかもしれないと感じました。

 

やはり、一首一首のクオリティが大切だということと、作品の配置のバランスなど細かく読まないと見過ごしてしまうことがたくさんあるのだなと思いました。選考委員の評を合わせて読むことで、ひとりで読むよりも深い感覚を得られたのかもしれません。

 

私自身は連作はとても苦手で、まだ三十首以上の連作にチャレンジしたことはないのですが、徐々に連作を作ることを意識していきたいなと思います。

武田さん、受賞おめでとうございました。

短歌研究 2016年 09 月号 [雑誌]

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