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太田青磁の日記

There's no 'if' in life… こんにちは、短歌人の太田青磁です。

短歌人2016年6月号 同人2欄より

短歌人

こんにちは、短歌人の太田青磁です。

歌人2016年6月号同人2欄の掲載作品を紹介します。


いちはやく春朝空の窓にみる真雁のV字隊列よ美し 小西芙美枝「春」
雁が隊列をなして飛ぶ姿をくっきりと描きとっている一首。早春の朝の光景があざやかに目に浮かぶ。結句を美しと言い切っているのも、いち早く、春、とハの音を連なるリズムと相まって、情景の清々しさを感じる。

 

御柱息子と孫とともどもに引きて彼岸へのみやげとぞせむ「日々抄」
諏訪の御柱祭に三代で参加された様子が力強さとともに伝わってくる。「ともどもに」に親から子へそして孫へと伝統文化をつないでいる様子がいい。「引きて彼岸への」はヒの音の繰り返しが気持ちよく響く。

 

アカウント削除申請 部下たちの最終出勤日の翌日に 津和歌子「看取り」
退職した部下へのメッセージに続く一首。メールアドレスなのか社内システムへのアクセス権なのかの削除申請を、上司の最後の仕事として行うことを淡々とつづっている。部下たちの痕跡をも消さなければいけないという社会のルールに寂しさが伝わってくる。

 

人間は単に一本の管である水分摂ればそのままに出る 松木秀「急性胃腸炎
胃腸が本来の役割を果たせず、経口摂取した水分が流れ出しまう様子を淡々と描写している。病身を諦観したかのような筆致で客観的に捉えることは、できそうでいてなかなかできない。単にがアイロニカルに響く。

 

たんぽぽをみつけてかぞえて迷い込む知らないはずの知っている道 魚住めぐむ「春の道」
たんぽぽはなぜかみつけると嬉しくなってしまう。みつける、数える、迷い込むと、連なる動詞に主体の能動的な行為から、知らず知らず違う世界に連れていかれるような危うさがある。知らないはず、が先に提示されることで記憶の不確かさが迫ってくる。

 

凝つていますね 言いつつ揉みぬ美容師は低く流れる「シャコンヌ」を背に 小出千歳「息吹」
美容院で髪を切ってもらった後に受けるマッサージの風景であろう。「シャコンヌ」はバッハの無伴奏バイオリンのためのパルティータ第2番であろう。リラックスしたひと時に流れるクラシックの名曲が主体の疲れを癒してくれたのかもしれない。